LOGIN――探しものはお前だ、ミア・シファ。お前を俺の嫁にする。 砂漠に囲われた国、サラハ。そこで育った傍若無人な王子マリックはある日、旅商人のミアに一目惚れをする。 権力を使い、彼女を無理やりに連れ帰ったマリック。だが、聡明なミアはマリックの妻になる条件を持ち出した。 ミアが望むもの三つを手に入れてくれるのなら、花嫁になるというものである。 人の命と引き換えに採掘される宝石、水没した文明都市にある月、砂漠の中に潜む一粒の青い砂。 簡単には手に入れられない宝を所望されたマリック。 しかし、初恋の相手・ミアを易々と諦めることなどできるはずがない。 マリックは愛する彼女を花嫁にするため、宝を探すことを決意するが……!?
View Moreサラハは砂漠に湧き出た泉を中心としてできた国である。
砂漠の中心にありながら東西南北の大きな国々の交易路として栄えてきた。
その昔、サラハは国々を渡り歩く旅商人たちが休むためのオアシスであったが、そこに定住するものが現れ始め発展したのである。
今、そのサラハを統べるのはサーラの一族だ。交易や観光で得た金銀財宝を肥やしに成り上がり、国家の繁栄とともに王権は十三代にわたって続いている。
周囲に国がないため侵略に怯えることも争いが起こることもない。周囲を砂に囲われ行く当てのない民たちは当然反逆を企てることもない。オアシスに湧く水を国中に引いたことでサラハ全土にはいつだって最低限の食べ物や飲み物があり、緑も育つ。となれば、誰しも刺激はないが穏やかな暮らしを送ることが可能だ。砂漠という厳しい環境の中でもみな平穏を当たり前に享受して生きている。
それは次期国王と名高い王子、マリック・ル・サーラも同じであった。
生まれながらにして選ばれしもの。サラハの民であることを示す褐色の肌に、王家を象徴する群青の髪。見るものを虜にする碧い瞳は、サラハでは決して見ることのできない海を思わせる。整った目鼻立ちに均整のとれた体つき。甘い声色を兼ねそろえたマリックは、王や王女はもちろんのこと、周囲の大人たちから甘やかされて育ってきた。兄弟もおらず、親戚に年の近い子供も生まれなかったため、年々その状況に拍車がかかった。外の世界を知らず、すべてを意のままにできた彼は傲慢で傍若無人。気に食わないことがあれば腹を立て、騒ぎ、時には殺さぬ程度に制裁を加えることもあった。
マリックは満たされた生活にどこか不満や退屈を感じていたのかもしれない。
そんな彼の人生を変えるできごとが起きたのは、サラハに長い長い夏が訪れた日のこと。
マリックの興味を引きつけたのは、とある旅商人の噂だった。
サラハは年に何万という旅商人や
旅商人はミア・シファといった。サラハでは珍しい異国情緒ある響きを含んだ名だ。
マリックはその名を耳にした時、生まれて初めて魂が震えるような高揚を味わった。懐かしさと慕情に心がふわりと浮き上がる感覚と稲妻に打たれたような衝撃。名前だけで恋に落ちるだなんて聞いたこともないが、マリックはたしかにそのような運命めいたものを感じ取った。
聞くところによると、どうやらミアはサラハ以外の国でも有名な旅商人らしい。懐かしさを覚えたのはどこかで聞き及んだことがあったからかもしれない。マリックはそう考え、一度は思いをとどめようともした。……したのだが、それでも結局、一度感じた胸の高鳴りを抑えることはできなかった。
初恋などと淡い感情を大人たちに知られることに青年らしい羞恥を抱いたマリックは、ある日、従者も連れずにこっそりと城を抜け出した。
顔と身分だけはしっかりと隠したが、溢れる高貴さとそれゆえに滲む他人への侮蔑はサラハの民をそこはかとなく彼から遠ざけた。そのおかげか、図らずも王子さまの散歩はごった返す街に似合わない快適さを彼に与え、それがまたマリックの心を思いあがらせた。
さまざまな国の人で賑わい活気に満ちたサラハ。夏の日差しを和らげる緑、砂岩の水路に満ちる透き通った水、清掃の行き届いたモスクに、花々や絨毯や果物で色彩にあふれる街並み。バザールの入り口や露店、屋台から漂う食欲をそそる匂い。
素晴らしい景観に囲まれ、ひとりで街を歩くだけでマリックは自分の強さを感じ、誇らしさすら覚える。見よ、俺はもはや守られているだけの子供ではないと。自分はこの国に愛され生まれてきた男なのだと。この国は我が一族代々が築きあげた宝であると。
そんな中、彼は大きな群衆を見つけて足を止めた。数多とある露天商。中でもひときわ人だかりのできている店。それこそがミアの店に違いない。予感とも確信ともつかぬ思いにかられ、マリックの足は自然と急いた。
マリックは意を決して群衆に近づき、生まれて初めて人間に揉まれるという経験をしながらも、なんとかその気位の高さと負けず嫌いな性格でもって店主の前へと躍り出る。不遜甚だしい態度で何人かを無理やりに押しのけたのも功を奏したのかもしれない。
ボロボロになった姿ですらも美貌でもって愛らしさに変えてみせるマリックは、しかし、店主を目の前にしてハクハクと餌を待つ魚のように口を数度上下させただけであった。
マリックよりいくつか年下であろうか。少女が大人へと成長するちょうどその間にだけ潜む特有の扇情を纏った店主は、宝石のように玲瓏なアメジスト色の瞳にマリックを映してたおやかに微笑んだ。
「いらっしゃいませ、お客さま。お探しものはなんですか?」
王宮で聞く鈴の音よりも涼やかで、鳥のさえずりよりも澄んだ声。歌うような抑揚とリズムが耳にするりと言葉を届ける。
肩下まで伸ばされた絹のようなサラサラとした髪は陽に当たると柔らかに発光する薄桃色なのに、影が差すと少し青みを帯びて見える。日焼けを知らぬ真珠の肌。細くしなやかに伸びた腕、指。彼女が身に着けている衣服も装飾品も高価ではないが品があり、彼女を引き立てていた。
王宮勤めの煌びやかな女性陣を見て育ったマリックでさえ息を呑む美少女こそ、かの高名な旅商人、ミア・シファに違いなかった。
「お客さま?」
ミアは上目遣いにマリックを覗く。紫の瞳には無邪気と純真無垢、そして少しの興味が混ざり合っている。
この旅商人は、サラハの王子であるマリック・ル・サーラのことをなにひとつ知らないのだとわかって、彼女に自分という存在が知られていないことが悔しく、苦しくて。
瞬間、マリックはミアに自らを知らしめなければ気がすまなくなってしまった。
「探しものは」
ございませんでしたか? と心配そうに続く彼女の声を遮り、マリックは自らを隠していたフードを剥いだ。
周囲からのざわめきも、初恋に照れくささを覚えていた自分も、気にならなかった。
「お前だ。お前を探しに来た、ミア・シファ」
マリックは返事も待たずにミアの手を掴む。
「俺は次期国王、マリック・ル・サーラ。お前を俺の嫁にする」
マリックがあらゆる公務に追われ、ミアが王太子妃としての教育に明け暮れている間に結婚式当日はやってきた。 昨晩から王宮の外で国民たちがお祭り騒ぎし楽しんでいる様子が窓から見えており、マリックはいよいよこの日が来たと朝からソワソワ落ち着かない。化粧やヘアセットに時間がかかるミアと違い、準備を早々に終えたマリックはミアの部屋の前をウロウロと何往復もしていた。背中に隠した手にはミアにサプライズするブルースターの花束。今朝がたマリックが早起きをして摘み、不器用ながらも精一杯にラッピングした。「ふぅ」 緊張をごまかすように息を吐くと、準備が終わったのかガチャンと内側から扉が開かれた。ビクリとマリックは姿勢を正す。 顔を出したのはミアの側付きの侍女だ。侍女はマリックの姿を見つけると幸せそうな笑みをますます深めて「あらあら、まあまあ」と口元に手を当てた。だらしなく緩む頬を隠すためであろうが全身に漏れている。「ミアさま、マリックさまがお待ちです」 急かすというよりもマリックを招き入れてもいいかと確認するような口調だ。呼びかけに部屋の奥から「はい」とミアの承諾を含む返事が聞こえる。「入るぞ」 念のため声をかけ、マリックは侍女が開けてくれていた扉からそっと中を覗いた。こんな時くらい堂々としていればよいのに、待たされた時間に比例して緊張が増し体がうまく動かない。震える手で扉を押し開けて体を隙間にねじ込み、マリックは息を呑む。――綺麗だ。 パールホワイトをベースとして金をあしらったウェディングドレスに身を包み、ところどころにマリックが贈った青色のアクセサリーが煌めく。もとより陶磁器のように美しい肌によくマッチした色合いの衣装と装飾品はまさにミアのためだけに作られたもの。彼女の薄桃色の髪は綺麗に結われてシルエット全体に華やかさを与え、アメジストの双眸が一
青色のものと言われて人は何を思い浮かべるだろうか。 空や海といった手に入らぬものから宝石やドレスに靴、ティーカップや皿、絨毯に毛布、文房具まで。 ミアと約束をしてから一週間後、マリックのもとにはサラハ国内に五万とある青いものが集められた。もちろん手に入らぬものは置かれていないが、それにしてもどこを見ても青、青、青……。見ているうちにだんだんと夢か現実かもわからなくなるような圧巻の光景だ。 青色のものを集めてくれとしか頼まなかったマリックのせいでもあるが。「これは……、想像していた以上に大変だな」 マリックは腰に手を当てて届けられた品物をざっと眺める。 花嫁に身に着けさせるものとして、さすがに装飾品にはなり得ないだろうと思われるものは除外していく。大きな絨毯、象の置物、ガラス製の重石や食器、絵画。グラスはミアが持つものに選んでもよいかもしれないなと一時は保留して、しかし、後になってそれは間違いだったとやはり除外した。 当然と言えば当然であるが、残ったのはドレスやスカート、リボン、宝石、アクセサリー。その他にはスカーフやハンカチ、ヘッドドレスなど身に着けるものだった。それでも数千種類はある。一体どこからこんなに集めてきたのだろうかとマリックはそれらを手に取り眺めた。 そこからの選別作業は更に気が遠くなるようなものだった。似たようなデザインの中から、デザイナーとともにすでに用意されている服装やアクセサリーと合わせて違和感のないものを選んでいく必要があったし、品位を損なわないものであることも重要だった。偽物の宝石などは論外だ。宝石は鑑定士を呼びつけ真贋を見極めた。衣服や布類の生地や色味についてはデザイナーだけでなく実際に衣装を製作している職人にも良し悪しを判断してもらった。 ほとんど寝ずの作業が続き、三日が経ってようやく百
結婚準備のひとつに衣装選びがある。 マリックとミアの結婚式では場面に合わせて朝と昼、夜の三回色直しが行われることとなった。 両親や親族、国政に関わる貴族たちへの挨拶にはフォーマルなものを。国民への声明発表時には華やかで伝統的なものを。外交関係にある諸外国の要人を招く晩餐会にはクラシックながらダンスや食事に備えてカジュアルなものを。ただし、どれもデザインは統一感のあるものにと決まった。採寸や試着は別々に行うため、実際の衣装のお披露目は当日まで互いに秘密だ。 が、王宮のデザイナーとの打ち合わせの最中、ひとつだけミアがあることを告げた。「これまでマリック王子が私のために集めてきてくださったものを装飾品として身につけたいのです」 彼女の要望にマリックもデザイナーも顔を見合わせる。先に返答したのはデザイナーだった。「それは名案です。おふたりの愛の象徴ですし、結婚までの美しいストーリーがお客様がたにお衣装を通して伝われば結婚式も盛り上がります」 なるほど。そんなことまでミアは考えているのかとマリックが感心すると、ミアは曖昧に微笑んだ。それは、やや的外れだがそういうことにしておこうと考えている時のミアの反応だ。初めて見る人には分からないため相手の気を悪くさせることはない。何度かそうしたミアの反応を見てきたマリックにだけ分かる表情と言える。 結局、衣装に関する打ち合わせはデザイナーの機嫌もよいままにつつがなく終わった。 デザイナーが去ってふたりきりになった部屋でマリックはミアに問う。「本当の理由はなんだったんだ?」 問われたミアはマリックの質問の意味を考えていたが、すぐ自身の告げたわがままに思い当たったらしい。ミアは照れくさそうにはにかんだ。嘘やいたずらがばれた子供みたいな笑い方がいじらしい。
砂漠から戻ったマリックとミアはみなからあたたかく迎えられた。マリックが不在の間に仕事はいくつも溜まっていたが、旅の疲れもあるだろうとマリックにはしばらくの休暇が与えられた。 マリックは休暇を使って早速ミアを両親に紹介し正式に婚約を伝えた後、ミアを連れてサラハ国中を回った。ミアのことを今までいかに考えていなかったか、砂漠でマリックが感じた自身の情けなさを払拭するための自己満足に近い行為であったが、ミアは大層喜んだ。 旅商人であるミアはやはり自由に外を旅するほうが性に合っているらしい。目にするものすべてに興味と好奇心を抱く彼女は幸せに満ちていた。マリックもミアとの旅には満足感を覚えた。 婚約の契約を交わしてから三か月以上。ようやくふたりは本当のカップルのように日々を過ごすことができたのだった。 休暇最終日の夜。城へと戻ったマリックは不満を露わにする。「休暇とはなぜこうも短いんだ」 旅の心地よい疲れと控えた仕事への嫌悪感を全身で表現するかのようにマリックはだらしなくソファに寝そべった。ミアは旅行先で手に入れた品物をひとつひとつ手に取りながら諭すような口調で相槌をうつ。「楽しい時間というのはあっという間に感じるものですし、それだけよい休暇だったということなのでしょう」「それはそうだが……。仕事がなければもっと楽しめる」「私は働くことも楽しいと思いますけど」 ミアは窓の外、どこか遠くへと視線を投げた。商人の仕事を気に入っていた彼女から仕事を取り上げてしまったのはマリックだ。ミアは嫌味や皮肉を言ったつもりは一切ないだろう。だが、マリックにはミアの言葉が引っかかる。「……旅商人に戻りたいと思うか?」